この憧憬を永久に

「カムイ、まだ起きているのか?」

 夜もだいぶ更けてきた頃だった。カムイは大きなベッドの中で、伴侶であるマークスに抱かれながら、瞳を閉じていた。優しく、あたたかく包み込む腕にカムイは瞳を開ける。
 このぬくもりに触れていると、いつもは心が落ち着くはずなのだが、今日はなぜだか手足のあたりがそわそわとしてしまう。それにより、何度か寝返りを打ってしまったからだろうか、マークスの声が頭上に降りてきた。

「……す、すみません…明日のことを考えていたら、なんだか眠れなくなってしまって…」

 マークスの問いかけに、カムイは素直に瞳を開けると、優しく見つめてくる瞳を見る。その瞳は暗い室内でも、はっきりと優しく光っているのを感じる。
 じっとマークスを見つめていると、その瞳がぱちりとひとつまばたいて、あたたかい指先がカムイの耳元をかすめていく。すこし、くすぐったい。

「…そうか。それも仕方ないな…」
「……楽しみだなぁって考えていたら、目が冴えてきちゃって…」
「それもそうだ。久々におまえと出掛けられるとなったからな。私も楽しみだよ」

 マークスにすり寄れば、その手のひらが頬を撫でてくる。いつもカムイを安心させるその手のひらに、彼女はほっと溜息をつく。
 そのままカムイはマークスの手のひらをもぞもぞと探し出すと、それを握りこんだ。その愛くるしい様子に、マークスが微笑んだ。
 暗夜王であるマークスと、かつては暗夜の第二王女として過ごしていたカムイが婚姻を結んでから少しの時が経った。これまでは戦が長く続いていたために、まとまった休みなどは取れず、二人は日々公務に追われていたものだったが、その戦も終わり、少しずつ休養を取れるようになってきた。

 これまで、休日にも仕事を持ち込んでいたマークスであったものの、今日から少し彼が休めることになり、カムイはホッとしていた。
 ちなみに、この二人は明日から数日間という短い間ではあったが、少し遠出をしようとしていた。婚姻後の小旅行のようなものであったので、新婚旅行とも言えるかもしれない。
 無論、二人だけで行って何か事件が起きては大変なので、部下たちも同行するわけなのだが、それでもこの二人にはあまり関係なかった。
 すり寄ってきたカムイの頬を撫でて、マークスはその額に優しく口付けると、愛おしげに見つめる。

「おやすみ。私の愛しい妻よ……」
「……ん……」

 低くて優しい声がカムイを包んでいく。その声はいつもカムイを安心させて、そして緊張を取り払っていく。ときどき、どうしようもないほどにカムイを翻弄させるものだったが、今日の彼の声は、安心するものだった。

 そのまま腕の中に抱かれて、カムイは穏やかな寝息を立て始める。寝顔もあどけない妻のそれを、マークスはしばらくの間見つめているのだった。



 

「少しの間、留守にする。私がいない間、よろしく頼むぞ」
「ああ、任せてよ。兄さん。しっかりやっておくから、楽しんでおいでよ、姉さんも」
「あ、ありがとうございます…!レオンさん!」

 翌朝、クラーケンシュタイン城の城門にて、マークスとカムイ、そして彼の部下たちは出立をするべく集まっていた。それを見送るのは、王弟レオンである。王のしばしの不在ということで、この城の責はレオンに任される。
 あまり馬に乗ることのないカムイは、マークスの後ろに乗り、彼に抱きつくような体勢でいた。以前は一人で乗馬しようとしていたものだったが、結婚してからはもともと凄まじかったマークスの過保護に磨きがかかり、今に至っていた。

「では、行ってくる」
「気をつけて。姉さんも、ゆっくりしてきてね」
「はい、しばらくの間、よろしくお願いします」

 マークスはそのまま、馬を走らせると、それに合わせて、彼の部下たちも馬を走らせ始める。
 馬から落ちないように、カムイはマークスの腰に腕を回し抱きつくと、それに彼はふふっと笑みを漏らす。

「しっかり掴まっていなさい」
「はい…!」

 手綱を握りながら、マークスはすぐそばにあるカムイのぬくもりに嬉しそうにしている。そんな王の姿を見て、部下であるラズワルドとピエリはにこりと微笑んでいる。

「マークス様、とっても嬉しそうなのね」
「ああ……だって、ここのところマークス様はまとまったお休みを取っていなかったからね。カムイ様と一緒に出掛けられるんだもの。嬉しいに決まってるさ」

 安全のために部下も同行するものの、マークスは部下のことは気にしていないのか、先ほどからカムイと仲睦まじげに会話などしている。これからのことにカムイもまた楽しそうにしているようで、いつもは恥ずかしがって部下などの前ではマークスに甘えたりしないものだが、今日のカムイはにこにこと笑いながらマークスに甘えるように抱き付いているように見える。
 いつも、国のためを思い職務にあたるマークスが、こうやって羽を伸ばせることは、部下のラズワルドやピエリにとっては嬉しいことだ。
 ふとラズワルドがマークスたちに視線を向けてみれば、彼の腰に回したカムイの手のひらを、空いた手のひらで握っているマークスの姿が見えた。
 さりげないその二人の行動に、ラズワルドはわずかに頬を赤くさせる。

「ラズワルド、どうしたの?」
「な、なんでもないよ……」
「ふぅん。変なラズワルド」
「あはは…」

 きょとんとした瞳で見上げてくるピエリに、ラズワルドは言葉を濁した。いつも厳格で自分を律しているマークスが穏やかな表情を見せるのは、カムイだけだ。





 しばらく馬を走らせたマークスたちは、馬に休憩を取らせることと、乗馬に慣れていないカムイのことを考えて、しばし身体を休めていた。
 戦が終わったとはいえ、辺境ともなるとシーフやならず者が出るとも限らないため、念のために末端の兵は辺りの警護、マークス直属の部下であるラズワルドとピエリもまた、互いの馬を休ませつつ、警護に当たっていた。
 そんな中、カムイはマークスと共に木陰で休んでいた。

「あ、あの……マークスさん」
「うん、なんだ?」
「私たちばかり休んでいていいんでしょうか……ピエリさんたちも警護に当たってくれてるのに…」
「ああ……そのことか。問題ないぞ」
「で、でも……」
「ふっ……おまえはいつも優しいな」

 他の皆も疲れているだろうと言うのに、自分だけ休んでいることにカムイは申し訳なく思ってしまう。
 それにマークスは穏やかに微笑むと、彼女の頭を撫でる。まるで子どもをあやすかのようなそれに、カムイはむっと頬を膨らませる。

「…だって、申し訳ないじゃないですか…」
「…確かに、そうだな。皆も疲れているのは同じだからな。だがな、カムイ。おまえは馬に慣れていないだろう。訓練を受けているおまえにとっては、疲れなど感じにくいかもしれないが、長時間、馬に乗るというのも疲れるものなのだ。…いまは素直に受け取っていればいい。…少し痛むんだろう?」
「………」

 マークスの言葉に、カムイはわずかに唇をとがらせて俯いてしまう。マークスに言われたとおり、カムイはずっと馬の鐙に腰をかけていたからなのか、腿や臀部などといった普段は疲れにくい箇所が少しだけ痛かった。身体を休めている今だって、それはあまり和らいではいなかった。

 そんなカムイに気が付いていたマークスは、彼女を手招くと、胡坐をかいた太腿に布を掛け、そこにカムイを座らせる。地面に布を敷いて座るよりはましだろうと思ってのことだが、その彼の行動に、カムイは顔を赤くさせる。

「…痛くないか?」
「……へ、平気です…」

 確かに、馬に慣れてないこともあり、カムイの身体は疲労していたが、それよりもこんなことをしてくるマークスの方が気になって仕方ない。この体勢では脚がしびれてしまうのではと思ったカムイが彼を見ると、彼は不思議そうにカムイを見ていた。

「どうした、カムイ」
「あ、あの…重くないですか?」
「むしろ軽いと思う程なのだが…」
「そ、そうですか……」
「腰も細くて、脚も細い。もう少し太った方がいいんじゃないか…?」
「……女性に太った方がいいだなんて、言っちゃだめですよ、マークスさん」

カムイの脚や腰を確かめるようにマークスの大きな手のひらが動くと、それに彼女は顔を赤くさせて唇を噛む。すぐ傍には兵士たちがいると言うのに、恥ずかしい。
 マークスからしたら、カムイのどんな表情でも見ることが好きなため、彼女を照れさせたり、困惑させたりといったことが好きなのだが、彼に飽きられてしまったらどうしようという不安を少なからず抱いているカムイは、常に自分を磨くことに必死だ。
 無論、マークスはカムイに心底惚れているため、彼女の想いは杞憂となってしまうのだが、それでも気になってしまうのは仕方ない事である。
 身体つきであっても、暗夜に暮らす民はどちらかというと胸は大きく、背も高く、魅力的な女性が多い。
 昔から一緒に育って来た義姉のカミラも、カムイとは比べ物にならないほどの胸の豊かさである。
 自分のそれを確かめるように胸元を見下ろすと、やはり足りないような気がしてならない。

「…カムイ?どうしたんだ」
「………」

 カムイは知ることはなかったが、マークスからしたら、彼女の身体つきは充分に魅力的である。普段の鎧姿から知ることのない彼女の身体は、細い腰に見合わず、その胸はふっくらと豊かなものである。
 しかし、やはり気になってしまうのが女心というものである。

「………」

 マークスの膝に座りながら、どこか心あらずといったカムイに、彼は眉をひそめる。
 今は、暗夜王の妃という立場であるが、いつ、マークスが他の女性に目を向けるとも限らない。
 マークスに恋をして、愛を知った彼女は、同時に嫉妬などという、己の心の奥深くに存在する感情をも知った。
 いつも輝きに満ち溢れている彼女の緋色の瞳が、不安げに揺れていることに気がついたマークスは、カムイの身体を抱き寄せて、そのまま腕の中に閉じ込める。

「きゃっ…マークスさん…?」
「この私が傍にいるというのに、おまえは心あらずのようだから……どうした?」
「………ごめんなさい。私、どうやったらもっと素敵な女性になれるかなって思って…」
「ふむ……」

 抱き寄せて、やっとこちらを見たカムイは、ほんのりと顔を赤くさせ、マークスに抱き付いた。
 これまでであったら、カムイはその胸の内に悩みを抱え、マークスに素直に言うことはなかったが、夫となってからはカムイが少しずつ体重をこちらに預けるようになってきた。
 マークスにとっての素晴らしい女性になる、それがカムイの常日頃より持った目標である。

 かつて、何も知らない少女だった竜の姫はその殻を脱ぎ捨て、数多の戦場を潜り抜けて、強く美しく成長した。
 仲間への愛だけでなく、マークスただ一人に向けられる愛情は、日に日に増して、溢れていく。
 マークスはカムイの背を抱きながら、その額に優しく口付ける。

「……私からしたら、これ以上おまえが魅力的になって他の男が惚れてしまわないか、そちらの方が心配だ」
「………え?」
「気が付いていないのか?先日開いた晩餐会でも、何人かに話し掛けられていただろう」
「え、でも。それは私が王妃だから……」
「そうではない。確かに私の妻であるおまえに気に入られることも視野に入れているだろう。しかし、あれは明らかにおまえ自身に興味を持って近付いたように思えた」

 今までは、晩餐会などといった表舞台にはほとんど参加することのなかったカムイであったが、暗夜王であるマークスと婚姻を挙げて、王妃となったカムイは、マークスに相応しい女であるためにこれまで努力してきた。今までは姿を見せることの少なかった姫が、その姿を現してからは、美しい容姿とそのたたずまいの良さに、彼女に取り入ろうと一部の貴族が躍起になったのは言うまでもない。
 しかし、当のカムイはというと、自分にどれだけの魅力があるかは知らずにいる。

「…まあ、とにかく。おまえはいい女だ。これ以上他の男がおまえに目を向けては困る……」
「い、いい女って……」
「うん?照れているのか…愛らしいな」

 充分すぎるほどの魅力を放つ彼女が、これ以上他の男を惹きつけないように、マークスは必死であった。歳も十ほど離れているのだ。いつ、彼女が他の男に目を向けないとも限らない。
 夫婦そろって似たようなことを考えながら、ささやかな休息が流れていく。







 長い事馬を走らせたマークスたちは、王家で所有していた別荘にて時を過ごしていた。これから数日、ここで過ごすことになっていた。
 王家で所有することもあり、敷地はとても広く、綺麗な庭園も整備されているようであった。
 もう夜も更けてきたということで、マークスとカムイの二人は、同じ部屋でくつろいでいた。

「しばらく使っていなかったから、状態が分からなかったが…綺麗なものだな」
「ええ、お掃除もしっかりされてて、落ち着きます…」
「それはよかった。おまえにはゆっくり休んでもらわねば困るからな」
「マークスさん…」

 天蓋つきのベッドに身体を預けて寝転んでいたカムイは、同じくベッドに腰を掛けているマークスを見つめる。
 その深い茶の瞳は、やさしげな色をしている。

「…疲れただろう。もう休むか?」

 そのままカムイがベッドの上でまどろんでいると、頭上から彼の声が包み込んだ。
 休むかと聞かれたカムイであったが、まだ入浴を済ませてはいなかった。さすがに、このまま寝るのは、と思ったカムイは、彼の袖を引っ張る。

 今よりずっと昔、カムイがマークスを本当の兄として慕っていた頃だ。その時も、こうやって袖を引っ張り、行儀の悪いことをしてしまった。
 しかし、カムイがそれをするのは、彼に甘えたいと思っているときだけだ。

「…一緒に、お風呂に入りたいです…」
「…………」
「あっ、だ、駄目なら、一人で入って来ます。すみません、わがままを言ってしまって…」

 マークスの眉間にしわが寄る。それを見たカムイは、彼の機嫌が悪くなったのかと思って、あわあわと身体を起こし、部屋に備え付けられたバスルームに姿を消えようとする。

 しかし、それは叶わない。
 カムイがベッドから降りて、バスルームに移動しようとマークスに背中を向けた瞬間、彼女はその身体を抱き締められていた。

「…いいだろう。一緒に入りたいと言うのなら…入ろう」
「あ、あっ……やっぱり、ひとりで…」
「…なんだ、一緒に入りたいのではないのか?困った女だ……」
「あ…っ……」

 背後からマークスに抱き締められたカムイは、そのまま耳元に甘く囁かれる。その低い声にどきりとしたカムイは腕の中から逃げ出そうとするが、それをマークスは許さない。

 背後をとられ、抱き締められたかと思うと、カムイの服の裾からマークスの手のひらが入り込んで、肌を撫で始める。
 それにカムイは慌てて身をよじらせようとするが、マークスの腕の力が強くて、逃げ出すことは叶わない。

「マ、マークスさん……?」
「……いつからこうして私を煽るようになったんだ?」
「あ、煽ってません……マークスさんが、いじわるなこと、するからっ……!」
「………」

 マークスから逃げようともがいているようなのだが、全然抵抗にはなっていないそれに、彼は黙り込む。

 彼女はわからないだろうが、その行動がこうやってマークスを煽ることを知らない。裾から入り込んだマークスの手のひらがカムイの胸元を撫で始めると、それに彼女は鼻から抜けるような甘い声を上げ始める。
 こうすればカムイは抵抗が出来なくなることを、マークスは知っている。彼女の背後から、そっと下着の金具に触れれば、カムイは自らの腹に回ったマークスの腕に触れて、しがみつく。

「……風呂は、後でだ。……いいか?」
「………は、はい…」

 マークスにするりと脱がされていく光景を、カムイはぼんやりと見つめていた。

 カーテンの隙間から差し込む月の光が、おぼろげに二人を照らしている。




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