この憧憬を永久に
マークスに求められ、何度も深く愛されたカムイは、まだすこし抜けぬ気だるさを感じつつも、広いバスルームの中でゆっくりとした時間を過ごしていた。
ちょうどいい温度の湯に浸かりながら、カムイは穏やかにため息をつく。先ほどまでずっと求められていたからだろうか、眠気も感じていたし、何よりすこしだけ身体が痛いような気がした。
「……カムイ、大丈夫か…?」
「マークスさん…ふふ、平気ですよ……。す、すこしだけ、腰が痛いんですけど……」
「すまない。無理をさせた……」
カムイがそのまま微睡んでいると、すぐ後ろから彼女を抱き締めるようにして湯に浸かっていたマークスがとても心配げに声をかけた。
カムイのものとは違う、がっしりとした腕が回っているのを見て、彼女は嬉しそうに笑う。先ほど、マークスに身体中を洗ってもらった事を思い出して、カムイは顔を赤くさせるが、マークスに背中を向けているため、彼は気がつかない。
ほんの少しだけ身体を後ろに倒し、マークスに体重を預ければ、そのまま力を入れて抱き寄せられる。
何も言わずに抱き寄せてくるその温もりが心地よくて、カムイはそっと瞳を閉じる。
ここのところ忙しかったからなのか、こうやって二人でゆっくりする時間もあまりなかった。
「…ここの屋敷にな、あまり豪華なものではないのだが、庭園があるのだ。明日…行ってみるか?」
「え! いいのですか? 行きたいです!」
「ああ…使っていなかったものだから、無人ではあったが……それなりに手入れはしていたようだ」
湯船の中で、マークスはカムイの手のひらを握りながら、その首筋に軽く口付けを落とす。
ひとつくらい、そこに吸いつきたいものであったが、以前痕をつけすぎて彼女に怒られてしまったことのあるマークスは、今日はさすがにそれをやめた。
カムイが傍にいてくれるようになってから、マークスは彼女のために色々なことをしてあげたくなるようになった。美しい花を見れば、それをカムイに贈りたくなるし、王妃としての修業に励んでいる彼女を見れば、ご褒美に甘味でもあげたくなる。
そうやって、彼女に甘くすればするほど、子ども扱いをしているのかと拗ねられてしまうので、ほどほどにするわけなのだが。
「…のぼせないか。 大丈夫か?」
「あ…そ、そうですね…少し熱くなってきました…」
長い事二人で湯に浸かっていたので、マークスに言われたとおり、カムイは少しのぼせ始めていた。
マークスに促されて、二人はバスルームを後にした。
ゆっくりとバスタイムを過ごした二人は、寝る準備を済ませ、広いベッドの中で寝転んでいた。
乾かしたばかりのカムイの髪は、とても柔らかくて、触れていて心地が良いものだ。
実際に、マークスがその髪に触れてみれば、手指にやわらかな感触を受けて、瞳を細める。
「…マークスさん…?」
「ああ…すまない。つい……」
「ふふ…」
いつまでもカムイの髪に触れていたからだろうか、彼女が不思議そうに見つめてきた。しかし、カムイは怒ることも無く、撫でつけるそれに愛おしげに瞳を細めている。
こうやってマークスと触れ合うことが好きなカムイが、彼を咎めるはずがないのだ。
むしろ、髪に触れられることが好きなカムイにとっては、もっと触れていてほしいものであって。
「…なんだか、寝るのが惜しいな」
「マークスさん……」
ぽつりとつぶやいたマークスの言葉に、カムイは驚いたように瞳を丸くさせると、それに彼はほんの少しだけ顔を赤らめて、照れ隠しなのか、カムイの頭を引き寄せた。
「……寝たら、明日になってしまうだろう。カムイと過ごす時間が減ってしまうと思うと…寝るのが惜しいと思ってしまうんだ。子供じみたことをすまない……」
「……ふふ…」
「笑ってくれるな…これでも本気で思ってしまったのだぞ」
マークスの言葉に笑顔を見せるカムイに、彼の頬はさらに赤く染まってしまう。
普段、マークスは王としての職務に早朝から働き詰めているため、こうしてカムイとゆっくりと時間を過ごすことはあまりない。もちろん、カムイには世継ぎを産まなければならないこともあるため、夜の時間はそこそこ自由であったりするのだが、それはまた別の話である。
忙しい彼を支えつつも、マークスと語り合う時間なども欲しかったカムイにとって、彼の言葉は何よりも嬉しいものである。
照れ隠しにカムイの頭を引き寄せていたが、それをカムイはもぞもぞと彼の瞳を覗き込むような形で、ベッドの上で体勢を変えた。
「…私も、このまま寝ちゃったらマークスさんとの時間が減ってしまって、さびしいです。でも…これからマークスさんと過ごす日はいっぱいありますから…これからの毎日を楽しみにしませんか?」
「カムイ…」
「私、明日だって、マークスさんと庭園に行くの、楽しみなんですよ?寝坊してしまったら、それこそ残念ですから…今日はもう寝ませんか?」
「……そうだな。そうするとしよう…カムイ、もう少し寄ってもいいか…?」
「ふふ、もちろんですよ…あったかくて、すぐに寝ちゃいそうです……」
二人にはこれからたくさんの楽しいことが待っているのだ。確かに語り合う時間もたくさん欲しいが、まずは、明日のことを楽しみに時を刻みたい。
マークスに抱き寄せられて、カムイはその腕の中にすっぽりと収まると、そのまま瞳を閉じる。
そのぬくもりがなによりもあたたかくて、カムイはほっと息を吐く。
その姿にマークスは瞳を細めると、彼女の額に優しく口付けて、彼もまた瞳を閉じるのであった。
「わぁ…!すごくきれいな庭ですね!」
「こら、カムイ…そんなに急いでは転んでしまうぞ」
「あっ、す、すみません……」
翌朝、邸の外にある庭園にやってきていた二人は、仲睦まじそうにその中を散歩していた。
暗夜王国では日が差し込む時間が少なく、それにより草花も満足に育てられないのだが、中には、日照時間が十分でなくても育つ花もある。それらを集めた庭園であったのだが、これまで戦乱の中を走り続けていたカムイにとっては、このように広く取った庭園などはあまり見たことがなく、珍しくてはしゃいでしまう。
子どものようにはしゃいで、マークスよりも先に歩みを進めてしまったカムイは、それにかっと顔を赤らめると、おずおずと彼の元まで戻っていく。
それにマークスはふふっと笑うと、彼女の手を取って歩いていく。
「ここのところ、こうやってゆっくりすることも無かったから…心地いいものだな」
「はい……」
マークスの指先がカムイのそれに絡んで来て、彼女もまたその指先を絡ませる。
そのまま二人は歩いていくと、アーチに沿って花を咲かせた場所まで歩いていく。そのアーチを二人でくぐっていたのだったが、不意にマークスはその中で立ち止まってしまう。
「…マークスさん?」
「……あ、すまない…」
ぼんやりとしていた様子のマークスに、カムイは不思議そうな声を上げる。
彼がカムイの傍にいるときで、このようにぼんやりしていることはあまりないために、彼女は不思議そうに顔を上げる。
「…悪い。おまえが傍にいるというのに、考え事などと…」
「どうしたんですか…?」
「……ああ、少しな…」
「マークスさん…?」
カムイは、つないだマークスの手のひらを軽く引っ張ると、それに彼はカムイを見下ろし、その血色のいい頬を手のひらで包み込む。
その行動に、カムイはぱちくりと緋色の瞳をまばたかせる。
そうして、マークスは愛おしげにカムイの目元に唇を落とすと、そのまま耳元に唇を寄せ、そこで囁く。
「……来年…いや、再来年か……」
「……?」
「…ここの庭園や…暗夜の美しい場所を……おまえと、私の子で…三人で、もう一度訪れたいと思ってしまった」
「…………へっ?」
至近距離で、愛おしげにつぶやかれた言葉に、カムイの頬はたちまちに赤くなっていく。
彼女の瞳はきょろきょろと視線をさまよわせ、明らかに動揺している。その様子にマークスは嬉しそうに笑うと、再び彼女の額に口付ける。
「……いつか、私の子を身ごもってもおかしくはないだろう? おまえと……おまえに似た愛らしい子と…この暗夜の景色を見守りたい……」
「マークスさん…」
カムイを抱き締めて、いとおしげにつぶやく彼に、カムイもまた彼の背中に腕を回す。
いずれ、子がほしいと思っていたのは、カムイもそうであった。マークスと時を過ごし、子を授かったらそれに勝るしあわせはないと。
王城に足を通わせる大臣などは、王であるマークスの世継ぎを早く誕生させようと、彼に急かしている者もいた。果てには、子がなかなか生まれないというのなら、側室を設けてしまったらどうかと。
しかし、カムイ以外にその視線を向けようとはしないマークスは、そんな大臣たちの言葉も跳ね除けてきた。
「また来よう。カムイ…今度は、私と…子の三人で」
「……はい!」
カムイがそれに驚いたのもそうなのだが、何よりも、マークス自身に子が欲しいと言われることが何よりも嬉しい事である。カムイが子をほしいと思っていても、マークスがそれを望んでいないと言うのなら、どうしても気にしてしまうから。
胸の奥に広がるあたたかさに、マークスの肩に甘えるように頬を摺り寄せれば、彼は優しく頭を撫でてくれる。
「…すぐには無理だが、いつか…おまえと家族を築いていきたい……そうだな、一人目はおまえに似た娘がいいな」
「お、男の子じゃなくて…ですか?」
「ああ…もちろん、男子も欲しいが、カムイに似た娘というのも愛らしいだろう?」
「そ、そ、そう…ですかね…? 私としては、マークスさんに似た男の子の方が…きっと立派で強い子になってくれますよ」
「ふむ…性格はカムイに似たらとてもいい子になるだろうな」
「マークスさんに似ても、優しい子になりますよ」
「……ふふ、そうかもしれぬな…」
語り合う言葉が止まらない二人は、そのやり取りに思わず笑ってしまう。いずれ、どちらが産まれたとしても、その子が愛らしいことには変わらない。
花のアーチの中で、二人はそっと口付けを交わす。その二人の影が一つとなり、暗夜の深い空の色に照らされてゆく。
唇を離し、二人は見つめ合う。そう、遠くない将来、ここにもう一つ、ちいさな影が増えているのだろうか。そんなことを思いながら。
この憧憬を永久に 了
Happy Birthday Marks!!
My heart is filled with the love I feel for you!!
2015/10/27 Miyu.Suzuran