愛する証明 サンプル
カムイを取り巻く環境は少し特殊である。そのことに気が付いたのは、つい最近のことであったのだが、なんというか、カムイの家族はよその家族とは違う。どのようにして違うのかと言われると、彼女の家族は、カムイに執着し過ぎていた。
朝、カムイはいつものように目を覚ます。支度をして、これからの行軍のことなどについて考えねばならない。北の城塞で幽閉されるように暮らしてきた無知だった姫は、その姿を脱し、いまや立派な姿を皆に見せていた。
しかし、カムイは朝に弱く、城塞で暮らしていた頃から寝坊などはいつものことで、今でも時々寝坊をしてしまうことがある。
その日の朝もカムイはうっかり寝坊をしてしまい、いつまでもぐっすりと眠っていたのだったが、今日ばかりはどこか違和を感じてしまう。
いつもふかふかで、広いはずのベッドの中が狭い。カムイのベッドは、彼女のために特別にあつらえたものである。高貴なワインレッドカラーを纏うそれは、肌に触れる心地よさも合わさって、彼女を深い眠りへと誘う。
しかし、明け方より狭さを感じていたカムイは、小さく声を上げながら身じろいだ。なんだか、ベッドの中になにかがいる気がしてならない。
浅い眠りの中、カムイがゆっくりと瞳を開けて、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。狭い。やっぱり、狭い。そう思って、カムイは寝返りを打とうとする。しかし、そこでカムイはとあることに気が付くのである。
「………」
横たわるカムイの腹のあたりに腕が乗せられていた。明らかに、男のものであるその腕に、カムイは瞳を細める。前にも、前にもこういうことがあった。そのときは、執事のジョーカーとメイドのフェリシアがどうにか対応してくれたが、今この場に彼らの姿は見えない。
「うう…」
腹の上に乗せられた腕が重い。カムイが必死に身じろいでいると、乗せられていた腕が動いて、カムイの腹に触れた。さすがのそれには、カムイは驚いて離れようとする。すると、カムイの背後にいた男が彼女を捕らえるように抱き締めてきた。
長い腕がカムイの身体に回り、逃がさまいと触れてくる。それにカムイが離れようとすると、彼女の脚に男の脚が絡みついてきて、離れられない。
さすがにここまでされればカムイの意識も覚醒するというもので、彼女はひといきに寝返りを打ち、背後にいた男を視界に入れた。
「…マークス兄さん!朝からなんですか、もう!」
「……よく寝ていたな、カムイ…おはよう」
「あ、おはようございます……ってそうじゃなくて、なんでここにいるんですか!」
ごろりと寝返りを打ち、カムイが男の姿を見てみると、そこにいたのは彼女の義兄であるマークスがいた。夕べ、カムイが就寝するときは鍵をしっかりとかけておいた筈なのだが、どのようにして鍵を開けたかはあまり考えたくなかった。
カムイのベッドは広く、大人二人が寝転んでも平気であるのだが、さすがに身体の大きいマークスと一緒に寝るとなると、狭いものがある。更に、カムイは自身が保有しているベッドが広いにもかかわらず、小さくなって眠ってしまうこともあるため、その空いた間を詰められるように寝転ばれると、狭いのだ。
ひとまず、マークスから距離を取ろうと思い、カムイはベッドの上で後ずさるわけなのだが、そんな彼女に気が付いているのか、マークスはその手のひらでカムイの腰を抑えた。
「……うっ…」
すると、どうだろう。マークスにとってはさほど力を入れてないのだろうが、男女の力の差があるのか、カムイは動き出すことが出来ない。ベッドに横たわったまま、カムイはマークスを見ると、彼に離れてもらおうと願いを込めて視線を投げかける。
すると、マークスは瞳を細めて見つめ返してくる。恋人を見るような甘い瞳にカムイは瞳を見開いて思わず頬を染めると、その視線に耐えきれず瞳を閉じてしまう。瞳を閉じたカムイに、マークスはにやりと口元をほころばせると、身体をカムイの元へと移動させて、彼女の耳元に唇を寄せようとする。
距離にしてあと少しであった。マークスがカムイの耳元に触れる前に、彼女の自室の扉が勢いよく開かれた。
突然の来訪者は、ずかずかとカムイの寝ているベッドのそばまでやってくると、カムイを抱き締めるかのように横たわっているマークスを見つけて、眉を寄せる。
「姉さん!いつまで寝ているつもり?……って、マークス兄さん…なんでここにいるんだよ」
「カムイの部屋の施錠がされてなかったからな……変な虫が付かぬように守ってやろうと思って」
「僕からしたら充分変な虫が付いているように見えるんだけど……」
「………」
いつまでも起きてこないカムイを不思議に思ったのか、義弟であるレオンがやってきたのだった。
当然今の今まで眠っていたからであるが、カムイは寝巻きのままだった。そんな無防備な彼女を守るという名目のまま、添い寝しにやってきたマークスにレオンは怪訝そうな顔をするしかない。
当のカムイはというと、きちんと施錠はしたはずだ、と自分の行動を振り返っていた。第一、施錠をしてもしなくても、この兄弟たちはカムイの部屋にやってくるのだ。鍵なんて無いようなものだった。
大人しいカムイをいいことにか、マークスはさりげなく彼女の背中に手を回そうとしていたのだったが、それにレオンは気が付くと、口を開いた。
「兄さん!抜け駆けはするなっていつも言ってるだろう…!」
「……レオン、言うようになったな…そうだな。抜け駆けなどという卑怯なことはやめておこう」
「……二人とも、そろそろ起きるので出て行ってください…」
レオンの言葉にマークスはやっとカムイを離し、身体を起こした。いつまでも部屋に居着かれてしまってはカムイは着替えることも出来ない。二人の勢いに若干引きながらも言うと、マークスとレオンは二人揃ってカムイを見つめる。
瞳を細め、こちらに笑みを浮かべながら見てくる姿は兄弟だけあって、よく似ている。マークスとレオンの二人は、驚くほど顔が整っているし、背も長身で体格も良く、周りの女たちが放っておかないほどの美男なのであるのだが、さすがに近くで見られると、きょうだいだとは分かっていても照れてしまう。
カムイは少しずつ二人から距離を取るように後ずさると、シーツと同じように高貴な色を纏う枕を抱えて彼らをじっと見つめ返す。
「……支度しますので…そろそろ出て行って頂けると嬉しいんですけど…」
「……仕方ないな。また後でね、姉さん」
「ああ、またな。カムイ」
カムイの言葉を受けた二人は、意外にもおとなしく退室しようとする。それにカムイが少しだけ驚いていると、扉に向かっていたマークスとレオンの二人がこちらを振り返り、戻ってくる。
「ああ、大事なことを忘れていた」
「そうだね、忘れてしまうところだった」
「マークス兄さん?レオンさん?」
何か用でもあったのだろうかとカムイが不思議に思っていると、二人はベッドに座り込むカムイのそばにまでやってくると、それぞれがベッドの上に片膝を乗せた格好のまま、カムイの身体を引き寄せると、マークスはカムイのこめかみに、レオンは彼女の喉に唇を寄せる。
そうして、二人がそのままカムイの両頬にキスをすると、マークスはカムイの髪にするりと触れ、レオンはカムイの額にもう一度唇を触れ合わせた。
「な、な、な……!」
二人のその行動に、カムイは困惑するばかりである。彼らが今行ったことは、まるで恋人に触れているようなことだったからだ。北の城塞で暮らしていた頃は、このように恋人に触れるかのように接してくることはなかっただけに、余計にカムイは動揺してしまう。
カムイはマークスやレオンのことは大切なきょうだいだと思っているのだ。しかし、きょうだいだとは分かっていても、顔が赤くなってしまう。
どきどきと胸が高鳴っているのをカムイは彼らに悟られないように息を吸い込むと、枕を抱え直して二人を見上げる。
その視線にマークスは思わずくすくすと笑い出すと、カムイの頭を撫でた。
「……そんなに睨むんじゃない。さぁ、着替えて皆で朝食にしよう。行くぞ、レオン」
「ああ、分かったよ。…カムイ姉さん、早くおいでね」
「……」
カムイは遠ざかって行く二人の背を見つめた後、自分の手のひらに視線を落とした。最近の彼らは、どこか変だ。いや、変と言っては失礼かもしれないのだが、これまで暮らしてきた彼らとはどこか違う。かけてくれる言葉やしぐさのすべてが甘い気がしてならない。
まだ、それにカムイは戸惑っている。