手首に欲望のキス
男という生き物は、好きな女がいたら、その女を独占したいと思ってしまうものだろう。独占したいと思うのならば、他の男を見ないようにこちらに目を向けさせてやればいい。
それは、暗夜王国の第一王子たるマークスも例外ではなく、今の彼にも、独占したいと思うほどの女がいた。
その女は、恋愛ごとには疎く、無垢と言ってもいいだろう。その華奢な背中にどんな欲をぶつけられているのかは全く知らずに、無防備にその背をマークスに向けている。
時期暗夜王として、日々責務を全うしている彼であったが、そんな彼にも微々たる時間ではあるが、休息の時間はある。
たまたま、時間があるから遠乗りに行かないかと問うて見れば、彼女は表情を明るくさせて頷いた。
いっそ、すがすがしいほどに分かりやすくて、笑ってしまうが、そんなことをしてしまえば、彼女が拗ねてしまうのはよく分かっていた。
「カムイ、気分はどうだ?」
「風がとっても気持ちがいいです!」
妻であるカムイと共に愛馬にまたがりながら、マークスは問いかける。すると、マークスの前に座っているカムイが嬉しそうな声を上げた。
いつもは、カムイを後ろに乗せて、彼女を自分にしがみつかせるように乗せるものだったのだが、今日は珍しく、カムイが前にいた。
いつもと違う景色でも見れるのか、楽しそうにきょろきょろと視界を巡らせるカムイが落ちないように、マークスが彼女の腹に腕を回す。
しっかり食べているのだろうか、心配になるほど細い身体だ。しかし、細いことには細いのだが、無垢で愛らしい性格の割には、彼女の身体つきはとても魅力的である。
夫がそんなことを考えているとはいざ知らず、カムイは馬上からの景色を楽しむ。
そうして、少し開けた場所にたどり着いた二人は、マークスの愛馬を休ませるためにも、馬から降りて、二人隣り合って会話を楽しんでいた。
マークスの肩にもたれるようにして寄りかかっているカムイに、彼の機嫌が良くなっていく。
身体に感じる、カムイの重みが心地いい。カムイとて、そのまますべての体重を預けるようにもたれてはいないものだが、こうやってカムイが少しずつマークスに歩み寄れたのも、マークスの涙ぐましい努力のおかげである。
これまでは、義兄と義妹として過ごしてきた長い時間があったからなのだが、それが妻と夫として過ごすには、カムイには準備期間が必要だった。
義兄として過ごしていたというのに、夫になった途端、甘い言葉やしぐさでカムイに接するものだから、最初のうちは戸惑って、なかなかこちらに寄りかかってはくれなかった。しかし、そんなこともマークスにとっては、想定の範囲内である。
無防備なこの愛しい女が、マークスを意識して、警戒でもしたら、それはマークスにとっては嬉しいことだ。
「それで、この間、ジョーカーさんにお手伝いして頂いて、紅茶を淹れる練習をしたんです。お恥ずかしいんですけど、淹れるのに失敗しちゃって…」
「……そうか」
「自分でやってみると、誰かに紅茶を淹れてもらったり、食事を作っていただくありがたさが分かりますね」
「ああ…」
しかし、まだ男女のことには疎いカムイは、ときに無慈悲にマークスの心を掴んだりもする。
目の前に夫がいるというのに、この娘は他の男の話などしている。普段、マークスはめったなことで声を荒げたり、怒ることはないのだが、カムイのことになると、それはいとも簡単に打ち砕かれる。
現に、愛らしい妻の唇から語られる他の男の話に、マークスの眉間にはしわがより、明らかに機嫌が降下してしまっている。
「マークス様?」
ほんのりと立ち込めるマークスの想いに気が付いたのか、カムイは不思議そうに首を傾げる。
いっそ、この無防備な妻を独占してしまえたら。
不思議そうに首を傾げるカムイの腕を取り、マークスはその白い手首に唇を落とす。
「…マークス様!?」
「……カムイ。よく覚えておくといい」
「え?」
この細い手首は、マークスが少し力を込めただけで、容易に拘束出来る上に、抵抗の力さえ奪えるだろう。
しかし、そうしないのは、マークスがいつでもそれを実行出来るからであるかもしれない。
いつもと違うマークスの様子に、カムイの頬は少しずつ赤みを増していく。
明らかにマークスを意識して、ここにいるのが、優しい義兄ではなく、欲に塗れた男であることを理解している顔である。
カムイの白い手首に開いた唇を当てたまま、そこに歯を突き立てると、ほんのすこしだけ、そこに噛みつく。
「…っ…!」
痛くしたつもりはさらさら無かった、肉の薄いそこを噛まれて、わずかに痛みを感じたようだ。
唇を離し、マークスは瞳を細めると、カムイの手首をつかんだまま、彼女を抱き寄せる。そうして、その耳元に唇を寄せると、いつもより低く、劣情を潜めたような声で囁く。
「……私の目の前で、他の男の話をすることがどのような意味を持つのか……覚えておくんだ」
「……っ…!」
そのまま、妻の腰を引き寄せて、その耳たぶを甘噛みすれば、カムイの身体がびくりと跳ねた。
こうなれば、あとは陥落するのみである。
マークスは、ふたたび瞳を細める。いとおしい妻が頬を染めるその姿を目に焼き付けながら。
.
ツイッターの診断メーカーより、「カムイにマークスが楽しそうに手首に欲望のキスをするところを書きます」
でした。